こどもふたり

なんだか分かんないけど可愛いなぁ。

上の娘は今年から年少組。見た目がすらっとしてきて背も髪も伸びました。発する言葉から察するに脳みその中身も成長しているようです。ふとしたときに歌う歌が舌足らずですごく可愛い。もう1回歌って、とお願いすると「やだー」と照れ笑いして歌ってくれないのもまた可愛い。

下の娘は最近からだがぷくぷくして如何にも赤ちゃんみたいな体型になってきました。ちょっと前からよく笑うようになり、手足の動きも活発化。首が座ったらもうちょっと楽になるんだけど……と思いつつ、首すわり前のふにゃふにゃちゃんも可愛いので今のうちに堪能しとかなければ。

ふたりの似てたり似てなかったりするところが面白い。
製造元が一緒なのにこんなに個体差が出るんだから、世界中の人がみんな違って当たり前だよなぁと妙に納得したりして。

まだふたりで遊ぶというのは難しいだろうけど、仲良くなってくれたらいいなと思う。

暗闇

生理前になると日頃溜め込んだ嫌な感情がぶわーっと溢れてくるので困ったものです。ぶわーっと溢れたところで外には出せないので、ひとりで悶々とするだけですが。
毎月思うのが、この現象は何だろうなぁ。いわゆる生理前症候群というものだということは分かるんだけど。生き物として生きてくのに不利だよねぇ。悶々としてちゃ生活し辛いでしょう。私、ただでさえ普段から生き辛いなぁと思うことが多いのに。生理前は絶望に似たような重く暗い気持ちになる。まぁ身体の仕組みの一部だ、と思うと仕方ない一日二日くらい我慢するかぁという感じだけど。あんまり深く考えないように思い詰めないように、嵐が過ぎるのを待つようにじっとしている。
生理が始まれば気分爽快。これくらいの腹と腰の痛みなら、生理前の精神的な苦痛に比べればまだ耐えられる。おなかいたーい!イェーイ!と呑気に痛がってみたりする。
しかし何でこんなに翻弄されなきゃいけないんだろうなぁ。不便過ぎる。これ現代日本だからまだ良いけど、縄文時代とかだったら命に関わらないか?まだまだ人間の身体には改良……もとい進化の余地があるってことなのかな。

あとちょっと。あっと言う間。

今日は夫が娘を保育園に連れて行ってくれたおかげで、朝ゆっくりできました。

慣らし保育を始めて半月程ですが、思ったよりというか全然ぐずらずに娘が保育園通っているので逆にちょっと寂しい母です。

連絡帳の様子からも、楽しそうに過ごしていること、先生やお兄さんお姉さん達から可愛がってもらえてることが窺えて、よかったねー保育園楽しそうでよかったねー、とぎゅーってするとまた娘がエヘエヘ(笑い方が変)と笑って可愛いのでした。

育休もあと1週間ちょっとかー。

出産から1年あっと言う間でした。

赤ちゃんの国

娘、1歳を目前にどんどん可愛くなっていってます。

生まれてからずっと可愛さは更新されてて、毎日が「今まででいちばん可愛い」。

顔もからだも仕草も何でこんなに可愛いんだろうなぁ。めろめろ。

 

髪が薄くて色が白くて全体的にむちむち、おむつのCMに出てそうな、いかにも赤ちゃんという雰囲気で、

呼ばれるとにこにこ笑顔で振り向き、

犬を見ては「わんわん!」、

犬小屋を見ても「わんわん!」、

猫を見ても「わんわん!」、

歌のような独り言を言いながらおもちゃで遊び、

読んでと持ってきた絵本は母が読む前に自分で好きなだけめくり、

腕枕をしてあげるとすーっと寝て、熟睡すると大の字になって、

寝顔はおもちで作ったお地蔵様のようで、

朝はまだ寝ている母の鼻の穴に指を突っ込んで遊び、

父のもじゃもじゃおへそに指を突っ込んで遊び、

ごはんを作ってる間は台所の入口につけたゲートに掴まり立ちしながら終わるのを待ってて、

終わったよーって近づくと、にこにこしながら両手を広げて「抱っこして」のポーズをして、

何だか朝から晩まで可愛いです。語り始めたら止まらぬ可愛さです。

 

娘を見てると、生まれる前の赤ちゃんが暮らすという「赤ちゃんの国」って本当にありそうだなぁと思えてくる。

間違いなく私が生んだ私と夫の子供なんだけど、私のお腹を通って赤ちゃんの国から来たみたいだなぁなんて、メルヘンというかスピリチュアルっぽいことを考えてみたり。

出産前は子供向けの説明くらいにしか思わなかったコウノトリとかキャベツ畑とか、十二国記の世界で木に成ったのをもぎに行くという設定とか、妙に納得してしまう。

いつか「私はどうやって生まれてきたの?」って聞かれたら何て答えようかな。

ちょっと楽しみ。

産後にクラクラ

以前、産後クライシスについて書いたのですが、あれからどうなったかっていうと、やはりイライラすることが多い日々です。

2週間に1回くらいは「離婚したい……!」なんて思ったりします。

これは書いておかなければなんだけど、うちの夫がとんだクズ野郎とかそういうことはなく、家に居れば娘の面倒をみてくれるし家事もしてくれるし、よくできた良き夫であり良き父であると思います。

ただいかんせん、休日に外出が多い。

趣味の練習、飲み会、頼まれ事など1日中だったり朝帰りだったり。

外出するのは良いんだけど、乳飲み子抱えて睡眠不足な身としては、どうしてもな用事でなければ、休日は出来れば家に居て一緒に育児して欲しいなと思ってしまうんですよね。

家に帰ってきて「今日はロシアンたこ焼きで盛り上がってさ~」なんて嬉しそうに言われても、その間ワシは娘の夜泣きと格闘しとったんやで、と。

夫の趣味や飲み会についての是非は、はてなとか小町とか知恵袋とか各所で散々議論されていることなので深くは突っ込まないですが、なかなか夫と意見が合わず、特にこれに「男女の友情云々」が絡んだりすると余計めんどくさくて、一時期は話し合うことも考えることも放棄していました。

そして「行ってきていい?」「(どうでも)いいよ」なんて送り出してるうちに、夫そのものに興味がなくなっていってることに気付きました。

いかん!折角好きあって結婚したのに、これでは仮面夫婦ではないか!

夫婦としてまだ一緒に生きていきたい(結果的に離婚することになったとしても、その前に最善は尽くしたい)と思うなら頑張ろう、と最近はちゃんと自分の意見を言おうと心掛けています。夫の意見をちゃんと聞く、ということも。

上手くいくときもいかないときもあるけど、コツコツと積み上げていかないといけないですね。まだまだ途中です。

(蛇足)

とまあ、こんなこと考えてるのが私の方だけで、夫の方は「妻が冷たい」くらいにしか思ってなさそうなところがまたイライラするとこではあるのですが。

「最近冷たくない?」って聞く前に、冷たくなりそうな原因を考えてくれよ……。

 

(蛇足蛇足)

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蝶々の足跡


「八本脚の蝶」という本を買いました。
若くして亡くなった二階堂奥歯さんという編集者の方が、webに掲載していた日記を書籍化したものです。
現在もweb上に残されており(タイトルで検索すると出てきます)、私もときどき読み返していたんだけど、こう何回も読むんだったらもう本を買ってしまおうとア*ゾンでポチっと。

届いてまず装丁がきれいだなぁとびっくりした。
表紙のちょっとグロテスクな蝶の翅とか、本の背に銀で飾られた書名とか、物語に出てくる不思議な本みたいでちょっとわくわくする。

内容は作者の好きな本、物、言葉、人、感じたこと色々。
こんなにも愛したものがたくさんあったのに、どうして自ら命を絶ってしまったのか。
(これは疑問ではなく、本当に残念だという嘆息)
亡くなる前の約1ヶ月の記録は、読んでいてとても苦しい。

書籍の方には、作者が愛した物達の写真、作者に近しい方々によるコラムが収録されています。
本人の自筆と思しき読書メモの写真にちょっと怯む。筆跡が生々しくて。

ときどき、この人が生きてて今の世界を見たらどう思うのかな、と考えたりする。
そういうのも含めて「残る」本だと思います。